令和7年度大学入学共通テスト試作問題分析
公共,倫理

2022年11月10日掲載

出題の特徴

100点中25点分が「公共」分野になることで、現行の「倫理」よりも出題範囲が広くなった。注目事項の一つであった認知心理学分野が加わるのかどうか、どう扱われるのかについての方針は、明確な形では示されず。

25点分の「公共」分野は、「地理総合,歴史総合,公共」「公共,政治・経済」とも共通しており、思考力問題、グラフの読み取り問題などが含まれる。出題範囲に大きな偏りが生じており、西洋近現代思想、政治思想などが重点的に問われる一方、日本思想など他の割合は低下し、心理学は1題のみ(現行用語集にほぼ記載のない心理学者も出題)。全体として、言葉の不正確な使用、初歩的な出題ミス、校正ミスなどが見られ、あくまで「試作問題」の域を出ていない。

問題構成

大問番号 配点 マーク数 出題内容 難易度
第1問 13 4 公共の共通問題1(多様性・共通性・SDGs) 標準
第2問 12 4 公共の共通問題2(人口減少社会) 標準
第3問 28 9 西洋近現代思想・源流思想(自然観・世界観) 標準
第4問 15 5 日本思想・源流思想(聖人の教えなど) 標準
第5問 16 6 現代の倫理・心理学(アニマルウェルフェア) やや難
第6問 16 5 公共哲学・現代思想(ジェンダー・地域社会) 標準

問題分析

問題量

近年の「倫理」と比べると、解答番号数は33で同じだが、印刷ページ数が35から42へと増加。読み取る文章量が多くなった。

出題分野・内容

  • 第1問・第2問の「公共」分野では、設問を解く上で一部に政治や経済の知識が必須。
  • 第3問は主として古代と近現代の西洋思想、第4問は主として日本思想と一部東洋思想へと構成が変化。
  • 第5問と第6問は「倫理」学習の応用的なテーマで、読解問題が多く、任意選択・連動型の設問あり。政治思想への偏りあり。
  • 心理学は第5問の問4のみ。現行用語集にほぼ記載のない2人の心理学者も問われているが、青年期に関連した出題なので、認知心理学へとシフトするのかどうかは不明(コールバーグの名は、山川出版社にはないが清水書院の用語集にはある)。
  • 「公共」でも「倫理」でも履修しない細かな事項が知識として問われている他、第6問の会話でボーヴォワールの活躍時期が「20世紀のはじめ」とされるなど、出題ミスあり。

出題形式

  • オーソドックスな1~3行の4択問題、複数箇所の空欄穴埋め問題、資料読解・思考力・グラフ読み取り問題、提示された複数の記述から該当するものを全て選ぶ問題など、バリエーションは多い。
  • 第5問の問5は、(1)で選んだ任意の発言を踏まえ、(2)でその正しい論拠を選ぶ形式(任意選択・連動型)。
  • グラフを用いた設問は2題、図版・写真を用いた設問は2題。
  • ただし「共通テスト」移行時の「試行調査」のように、実際の本試験では大幅に変更になる可能性あり。

難易度(全体)

現行の「倫理」はそもそも読解量が多かったので、今回の試行問題の内容がこれから適切に調整されるであろうことを踏まえれば、それほど大きく難易度が変わることはないと思われる。ただし「公共,倫理」の出題範囲は、現行の「倫理」よりは広く、現行の「倫理,政治・経済」よりは狭い。25点分の「公共」分野をいかに効率的に学習できるかで、得点率は変わっていくだろう。

設問別分析

第1問(13点満点)

配点 出題内容
13 公共の共通問題1(多様性・共通性・SDGs)

分析コメント

「地理総合,歴史総合,公共」「公共,政治・経済」とも共通した大問。「倫理」に加え、「公共」という履修科目で覚えておくべき知識の参考になる。問1はサルトル、プラトン、(アリストテレスの影響を受けた)共同体主義、カントの思想の判別であり、「倫理」履修者なら平易。問2は消費者基本法、障害者差別解消法、男女雇用機会均等法など法律の区別を扱う。問3は頻出の「SDGs」を題材に使った読解・思考要素のある問題。問4は成年年齢など民法の規定に関する出題で、ア~ウ全ての記述の正誤判定が必要。

第2問(12点満点)

配点 出題内容
12 公共の共通問題2(人口減少社会)

分析コメント

「地理総合,歴史総合,公共」「公共,政治・経済」とも共通した大問。問1は「倫理」履修者でも苦戦しがちなアリストテレス「配分的正義」「調整的正義(矯正的正義)」の区別が知識として問われ、これを「公共」の授業で履修すべきことが示されている。問2はグラフの読解問題であるが、「相関関係」「因果関係」の区別を知っておく必要もあり、それは「公民」では扱わないので出題意図に疑問が残る。問3もグラフ読解だが、ドイツの折れ線で「1980」~「1990」の位置関係がよく分からない上、提案されている内容にやや疑問が残る。問4は会話の流れに沿って空欄の発言を埋めていく形式だが、「効率的」の解釈がやや一面的だろう。問1以外は、GDPなど経済的話題に親しんでおくことがスムーズに解答するためのポイントになっていた。

第3問(28点満点)

配点 出題内容
場面1 9 西洋近現代思想・源流思想(自然観・世界観)1
場面2 9 西洋近現代思想・源流思想(自然観・世界観)2
場面3 10 西洋近現代思想・源流思想(自然観・世界観)3

分析コメント

西洋近現代思想分野に一部源流思想を埋め込んだ、全体で最も長い構成の大問。冒頭で「皆既月食」に言及されているのは、2022年11月8日のそれを踏まえてのことだろう。会話やメモなどには、思想を語るにしては正確性を欠いた言葉遣いや不自然な飛躍・図式化が多く見られる。問1は自然観に関する出題で、古代と近世を橋渡ししている。問2の各記述はホッブズ、ロック、ルソー以外に、王権神授説の立場などからも書かれている。問3はヘーゲル哲学が題材で、「労働」が問われるのは珍しいが、記事で何が言われているのか読み取りがたい。問4は「3」が荘子の思想を示す記述なので不適当、という形式だが、本当にこの思想が古代ギリシャで全く説かれていないのかは判定不能。問5は古代インド思想が題材で、ようやく西洋から離れている。問6はブッダの述べたことを資料文とした出題だが、「死王」の語などに注釈が欲しい。問7は「ニヒリズム」をめぐって書かれたニーチェの遺稿を扱った問題で、抽象的に書かれた内容の「具体例」を、4つから全て選ぶもの。問8は「20世紀の思想家」を選ぶという趣旨だが、その趣旨にはやや疑問が残る。問9の記事は西洋思想史の図式的なまとめとしても意味がやや掴みがたくなっている。

第4問(15点満点)

配点 出題内容
会話文1 6 日本思想・源流思想(聖人の教えなど)1
会話文2 6 日本思想・源流思想(聖人の教えなど)2
会話文3 3 日本思想・源流思想(聖人の教えなど)3

分析コメント

日本思想史分野に、一部東洋源流思想に関する知識を加えたもの。問1は伊藤仁斎の孔子観だが、受験生が積極的に正解を選ぶのは難しいだろう。問2は『法然上人絵伝』中の絵を用いた空欄補充問題で、「竜樹」と「善導」が選択肢にある。問3は『葉隠』の武士道が題材。問4は本居宣長の思想・批評的立場が題材だが、受験生にとっては、決定打となる正解のポイントが得られにくいかも知れない。問5は和辻倫理学を扱った資料読み取り問題だが、「当為」の語の説明が必要だろうし、選択肢の各記述には資料文にない表現が用いられている。

第5問(16点満点)

配点 出題内容
場面1 9 現代の倫理・心理学(アニマルウェルフェア)1
場面2 7 現代の倫理・心理学(アニマルウェルフェア)2

分析コメント

「アニマルウェルフェア(動物福祉・家畜福祉)」がテーマとされた大問で、注目の心理学分野がある以外に、「倫理」よりは「公共」的な知識が必要な設問もある。問1は1ページに及ぶ長い資料文を用いた出題で、「~からの自由」「積極的自由」などは「公共」的。なお正解の選択肢で言われようとしていることには疑問が残る。問2は「IPCC」の説明が欲しいし、また正解の選択肢の記述が本当に「共有地の悲劇」の例として経済学的にも妥当であるのか、受験生には判定ができないだろう。問3は「人を対象とした研究の倫理」をテーマとした出題だが、「3」と「4」のどちらが正解になるのか、判断する決め手に乏しい。問4ではようやく心理学関係の知識が問われるが、注目されていた認知心理学に関する出題ではなく、青年心理学・発達心理学に関するもの。しかも意図は不明だが、「ボウルビィ」「コールバーグ」という、現行の用語集にほとんど掲載のない(「コールバーグ」は清水書院の用語集には見出しあり)人物も知識として問われている(これを受験生が判別することは不可能だろう)。結局、認知心理学分野の扱いがどうなるのかについて、その方針が明確な形で示されることはなかった、と言えるだろう。問5は(1)で選んだ任意の発言を踏まえ、(2)でその正しい論拠を選ぶという任意選択・連動型の出題であるが、これは「共通テスト」移行時の「試行調査」にも見られ、結局採用されなかった形式なので、今後どうなるのかは分からない。設問のポイントは講文を分解して適宜「場合分け」をしながら論拠を考えていくことにあるが、(1)で「1」を選んだ場合、(2)では「3」に加えて「1」も正解になると思われる。

第6問(16点満点)

配点 出題内容
会話文1 9 公共哲学・現代思想(ジェンダー・地域社会)1
会話文2 7 公共哲学・現代思想(ジェンダー・地域社会)2

分析コメント

テーマは「倫理」よりは「公共」寄りだが、知識問題は「倫理」の範囲のみで解ける。問1はJ.S.ミルの自伝を資料文とした出題だが、ミルが女性参政権を主張したことは少し細かい。問2は「~である(事実・存在)」と「~すべきだ(規範・当為)」の区別、関係を扱った出題。各選択肢の下線部の前に、「~すべきだ」に該当する記述があるかどうかだけ見れば形式的に解ける。問3には出題ミスがあり、会話ではボーヴォワール(1908~86,『第二の性』は1949)の活躍時期が「20世紀のはじめ」とされている(カンマと読点の校正ミスなどもある)。女性思想家のヴェイユが問われるのは珍しい。問4はノージック、ハーバーマス、センの考え方が応用的に扱われ、学習のまとめには最適(ただし選択肢の順番で迷うだろう)。問5も応用的な問題だが、解答するに当たって何が条件として要請されているのかを把握するのに苦労する。

学習アドバイス

「ヴェイユ」や「ボウルビィ」など、これまで取り扱いの少なかった思想家が登場しています。用語集に掲載が無い場合もありますので、現代の思想家や、今後出題が増えると予想される心理学関連の人物などについては特にプラスアルファで調べておきましょう。また今回から加わる「公共」分野の知識とともに、これまで通り、センター試験や共通テストの過去問などを解いて知識を身につけていきましょう。中には功利主義者で知られる「J.S.ミル」が女性の参政権獲得に尽力したことなど、やや細かい出題が見られました。主として問われる内容はもちろん、思想家や哲学者について多面的に知っておくようにしましょう。さらに,「ジェンダーギャップ」「アニマルウェルフェア」など、近年話題になっていることをテーマにした出題が目立つので、新聞やニュースなどで基礎知識を仕入れておくと解きやすくなります。また読解が大変多くなっており、今まで以上に要点を踏まえて素早く解くことが求められそうです。

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